地政学的考察 その2

太平洋戦争でアメリカは日本をたたきのめし、日本の勢力をアジアから駆逐しました。
中国大陸では蒋介石を支援していたはずなのに、いつの間にか手を引いてしまいました。
南ベトナムの時といい、中国での国民党支援の時といい、アメリカは何かの都合であっさりと撤退してしまう傾向があります。
アメリカとの同盟国にとってもこれはリスクで、共和党から民主党に変わった途端、外交政策が180度変わってしまうことがあるのです。

内戦の結果、中国は共産党が支配することになり、今の中華人民共和国ができました。
そうすると大陸の勢力をアメリカが一手に引き受けなければならない状態になったのです。
朝鮮戦争では中国軍を相手にせねばならなくなり、また冷戦ではソ連との神経戦で多くのエネルギーを消耗しなければならなくなりました。
日本の勢力を駆逐しなければ、アメリカは余分な争いに巻き込まれなくてもすんだのです。
実は日本はペリー来航以来、ずっとアメリカに親近感を抱いていました。
それが一挙に反米になったのは、カリフォルニアの排日土地法ができてからなのです。

また「鬼畜米英」のもう一方のイギリスとも、中国大陸での利害関係を調整さえすれば、別に戦争までする理由はなかったように思うのです。
1902年に締結した日英同盟は、日本の大きな支えとなりました。
しかし1923年に破棄。
歴史に「もし」があるとするなら、日英同盟さえあれば、日本はいくらでも外交上うまくやっていける道があったのに、日英同盟破棄以降はどういう手を打っても戦争は避けられなかったとは、ある外交専門家の見解です。

中国においては蒋介石の方が毛沢東よりも軍事的に優勢で、当初、共産党軍は逃げ回っていました。
共産軍は軍資金を捻出するためにアヘンの製造販売に手を染めていました。
自国民をアヘン中毒にするようなことをしてまで戦わなければならないとしたら、何のための革命かという気もします。

蒋介石軍は確かに腐敗していたかもしれないけれど、国民党の方が中国本土を押さえていたならば、中国はもっと自由で、もっと早い段階で繁栄を築いていたに違いありません。
これはベトナムにも当てはまることではないでしょうか。
今でもサイゴンの繁栄ぶりとハノイの経済後進性を見るならば、勝者と敗者が反対ではなかったかという錯覚に陥るのです。