本気で「次の一手」

またもや「事業のあり方」や「仕事のやり方」を抜本的に変えなければいけない事態が発生しました(人手が足らなくなりました)。

基本的にはアウトソーシングで乗り切ろうと思っています。

本社機能を出来るだけ小さなものにし、固定経費を抑え、損益分岐点を低くしようと思います。

オフィスの移転も考えたのですが、これはそのままいきます。 

私自身は「次の一手」を探ることだけに集中していきたいと思っています。

次の一手」は「人手のかからないストックビジネス」と決めているのですが、その候補の一つに賃貸戸建があります。

ずっと不動産業に携わってきたのですが、建築自体はやってきませんでした。

建築に関しては、普通の人よりはずっと詳しいと思いますが、最新の技法や設備については知らないことが多いかもしれません。

住宅についても少し勉強してみようと思い、手始めに住宅展示場の見学に行きました。

結論から言うと、大変に勉強になりました。

が、3軒回るだけでヘトヘト状態でした。

今後、何度も足を運び、住宅展示場にあるモデルハウスをすべて見て回りたいと思っています。

大阪の新築高層マンションのモデルルームにも何度か足を運びましたが、やはり勉強になりました。

別々のマンションデベロッパーから、何か所も同時に販売されているので、今でもかなり競合が厳しいような気がします。

仮に自分が買うとしたら、このマンションにしようというのは決めました(実際に買うかどうかは未定です)。

いま完成在庫として残っているマンションは、地価が一番高い時に仕入れ、また建築費が一番高いときに建てたものが多いように思います。

もう少しすれば、新築マンションの価格も“こなれてくる”のではないかと考えています。

 

神道パワー

神社にお参りに行くと、本来の自分に戻ることができます。

余計な見栄やムリや奢(おご)りを、ケガレとともに払うことができます。

本来の自分に戻れば、人は勝手に幸せになるようにできているのです。

仕事でも、本当に自分が得意なことや好きなことを深掘りしていけばいいのに、つい余計なことをしてしまいがちです。

神道は実にシンプルです。

そのシンプルさに自分も合わせていけばいいのです。

シンプルライフは「しあわせライフ」なのです。

世の中には不思議なことに、貧乏になるようになるように行動している人がいるのです。

またもう少しで成功しそうなのに、必ず失敗しようとする人がいます。

実は潜在意識の中で成功することを恐れているのです。

失敗してホッとしているわけです。

こういうのは素直な心とは言えません。

神社は、そういった知らず知らずのうちに身につけた、間違った潜在意識を打ち払ってくれるのです。

神社には独特の波動があります。

神さまの波動を会得し、神さまのパワーを得られれば、成功し、繁栄するしか方法はないのです。

伊勢外宮神泉「伊せ吟」

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数字の読み方

日本の場合は、数字の単位が「千」、「万」、「億」、「兆」となっていきます。

欧米の場合は3桁ごとに単位が変わり、「サウザンド(千)」、「ミリオン(百万)」、「ビリオン(十億)」という名称がつきます。

これはビジネスでの数字の捉(とら)え方と同じで、ゼロがズラリと並んでいても、ひと目で分からなければプロのビジネスマンとは言えません。

蛇足ですが一倉定先生は「数字に弱い経営者は、運転が下手な運転手と同じだ」とおっしゃっていました。

さてその数字ですが、各言語によって結構読み方にクセがあるのです。

ドイツ語は、例えば「52」だと「ツバイ・ウント・ヒュンフチッヒ」、即ち「2と50」と読み、なぜか一桁の方を先に読みます。

フランス語も相当変わっていて、「80」は「キャトルバン」と言うのですが、直訳すると「4つの20」なのです。

99だと「キャトルバン・ディスヌフ」で、「4つの20(プラス)19」となり、暗算に強くなければ数字が読めない仕組みになっています。

中国語は数字のシステムが日本と同じで、学んでいて何ら違和感はありません。

というか、昔、中国から「輸入」されたのだと思います。

「イチ、ニ、サン、シ…」という読み方も、非常に中国語と似ているので外来語ではないかと推測しています。

本来の大和言葉は「ヒー、フー、ミー、ヨー…」なのであります。

 

 

 

生涯現役

日本の財政が赤字になったのは、日本人が長生きしだしてからのように思います。

福祉に大きな負担がかかってきたからです。

私は「95歳までバリバリの現役で働く」と宣言しているのですが、この考え方を日本中に広めていきたいと思っています。

老齢者が納税者になれば、財政赤字なんて一発でなくなるはずです。

最近、本当に感じることなのですが、時代の変化が早いので、過去の成功体験なんて何の役にも立たないのです。

年齢を重ねていっても、日々学び、自己改革し、新しい成長をしていってこそ、現役プレーヤーとして通用するのだと思います。

自分の周りを見渡してみても、勉強しない人や、よく働かない人は魅力がありません。

お金もシッカリ稼いで、そしてシッカリ使っていきたいと思うのです。

強力なポンプのような感じで、お金を吸引し、また排出し、その動きで世の中に活気をもたらしていきたいものです。

仙人のような生き方も悪くないのですが、ビジネス社会で生きてきた者としては、やはり今後もお金を無視して活動するわけにはいきません。

私は営業畑出身なので、汗水たらして動き回ってきました。

が、今後はジックリと思索を重ねながら「資本の意思」を探求したいと思っています。

またお金儲けにもコツがあるはずで、それを会得したいですね。

目標は当然持ちますが、努力の過程も存分に楽しんでいきたいと思うのです。

 

ドイツ語大好き

アサヒスーパードライというロングセラーのビールがあります。

この「ドライ(dry)」というのは「辛口」という意味です。

またドライには「乾燥した」という意味もあります。

ドイツ語で辛口は「トロッケン」と言います。

不思議なことに「トロッケン」には、やはり「乾燥した」という意味があるのです(ちなみにドイツ語で「ドライ(drei)」というと「3」という意味になります)。

「辛口」と「乾燥した」とでは、意味的にほとんど共通点はありません。

 *

が、日本語でも「カラい」と「カラカラになる」と偶然ながら、どちらも「カラ」がつくのには恐れ入ります。

ドイツ語は発音は簡単で、ローマ字通りに読めば大抵O.K.です。

が、名詞を男性、女性、中性と分けるあたりから「ややこしく」なり、それによって冠詞や形容詞が違ってくるなどという理不尽な文法が存在します。

名詞を3種類に分類すること自体が無意味で、それが証拠に英語にはそんな区分はなく、立派に世界語として通用しています。

些細なところで、わざと言葉を難しくさせているとしか思えないのです。

他国のスパイをすぐに発見できるように、薩摩弁を独特のものにしたという説を本で読んだことがあるのですが、ドイツ語にもそんな歴史があったのでしょうか?

 *ベッドで寝るビート(本文とは関係ありません)

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東京でマンションを買うという妄想

私は今、東京では不動産を1つも持っていません。

しかしながら、港区、千代田区中央区で区分所有マンションを何室か持つというのは、なかなかワクワクする妄想でもあります。

出張した時のために、自分用に小さなマンションを買って、そこを拠点に活動するのは、ちょっとカッコいいかもしれないという気もします。

が、やっぱりホテルを利用する方が、掃除する時間もいらないし、食事を始め何かと便利であることは間違いがありません。

しかも今はクルマで行くことが多いので、車庫も確保しなければなりません。

そうするとますますホテルを活用する方が効率的ということになります。

マンションを自分用に買わないのであれば、あとは賃貸に回すしかないわけです。

いつものように大法螺(おおぼら)を吹くとすると、東京のプレミアム3区(港区、千代田区中央区)で10室ぐらいのマンションを持ちたいですね。

そうすると毎月の家賃収入は300500万円ぐらいになり、ちょっとした事業規模となります。

借金は嫌いなので、これをどう自己資金で賄っていくかの問題になりますが、その目途は全く立っておりません。

これもまた、いつものように潜在意識に任せてしまおうと思います。

潜在意識に任せると、結構いろんなことが実現できてしまうので、このブログでドキュメンタリー風に書いていくと面白いかもしれません。

とりあえず、千代田区の新築マンションのキャンセル住戸の見学を、ネットで予約しました。

 

 

書斎に「氣」が通る

インターネットで本をホイホイと注文していくものだから、どんどん手元にたまっていきます。

書斎にも大型書棚が4つもあるのですが、そこに入っているのは“ほとんど”未読の本です。

一度入れたまま、数年間もそのままになっている本もあります。

「いつか読もう」と置いているわけですが、その「いつか」が全然来ないのです。

本にも「旬」があって、世の中の情勢が変化したり、自分の関心が薄れてきたりすると、もう読めないのです。

また最近特に「字の小さな」本は、端(はな)から読む気にならなくなってきました。

だったら最初から買わなければいいわけですが、インターネットで注文することが多いので、さすがに字の大きさまではチェックできないのです。

「未読の書棚」がいっぱいになってきてしまいました。

長く置いていると、背表紙を見ただけでモチベーションが下がる本も出てくるのです。

「もう読みそうにない」本を思い切って書斎の書棚から外すことにしました。

私の場合は本を捨てるのではなく、そのまま地下の書庫に移動させるだけです。

とは言え、大量の本を移動させることになり、家じゅうのスーツケースを引っ張り出して、そこに本を詰めて持ち運びました。

結果、未読ではありますが「お気に入り」の本ばかりが書斎に残りました。

不思議なことに、もうそれだけでモチベーションがグンと上がったのです。

ギッシリ詰まっていた本棚に空間ができ「氣」が通り出したのも感じます。

部屋も気持ちも頭もスッキリしました。

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