語学オタク

私は街の不動産屋を長いことしていましたが(規模を縮小して今もしていますが)、仕事で英語を使った経験はほぼゼロです。

 

しかしながら自分の中では「語学への渇望」のようなものがあり、ずっと勉強してきました。

 

NHKラジオ英会話を20年間聞き続け、そのあと近くの英会話スクールに10年間通い、そして今のオンライン・レッスンは丸12年間受講しています。

 

オンライン・レッスンでは、最初から英語とドイツ語を受講しました。

 

途中からフランス語を(白紙の状態から)始め、その1年後には中国語にも触手を伸ばしました。

 

中国語の発音は難しいものの文法は簡単で、自分の中では中国語がフランス語をあっという間に抜き去りました。

 

国語学習においては「なるほど、ひとつの言語をマスターするというのはこういう感覚なのだな」というレベルにまで向かったのですが、学習の途中で中国の独裁者の顔が浮かびだし、イヤになってやめてしまいました。

 

ひじょうにモッタイナイ気がしますが、また自由中国になった暁には勉強を再開したいと思っています(いつのことだろう?)。

 

オンライン・レッスンでは講師との相性がとても大事で、相性が悪いとモチベーションがダダ下がりとなります。

 

英語はフィリピン・セブ島若い女性たちに習っているのですが、自己啓発の本を読んでいる講師はみんなレベルが高いという経験則があります。

来年の予定を決めていく

このあいだ正月を迎えたと思ったら、もう9月の半ばを過ぎました。

 

時間が過ぎ去る速さはいかんともしがたく、私たちができることは一刻一刻を悔いなく充実させていくことだけではないかと思います。

 

「夢の実現はまずは書くこと」から始まるので「やりたいことリスト」や「行きたいところリスト」はシッカリ書いています。

 

行きたいところリストは神社が多いのですが、心の内から「ここへ行きたい!」という気持ちが湧きあがった時に、手帳に予定を入れていきます。

 

少々遠いところでも、極力、日帰りにしようと思っているので、ホテルを予約しなくていい分、簡単に決めていけるのがうれしいですね。

 

古い神社などは山間部にあったりすることが少なくなく、寒い季節になると雪のリスクが大きくなるので、できるだけ予定を11月いっぱいまでに入れてしまいたいわけです。

 

一応仕事もしているので、空いている曜日は水曜か木曜のどちらか。

 

10月・11月のドライブシーズンに集中して予定を入れていったら、もうパンパンに埋まってしまいました。

 

あとは来年に回したいので、そろそろ来年の日程を決めていかなければなりません(来年の会社の営業日はもう既に決まっています)。

 

こういう時に「5年手帳」は便利で、例え来年であろうと予定をホイホイ入れていけ、まさに来年が「可視化」できるのです。

虫のいいことを考える

私が20代の時に、渡部昇一先生が「脂の乗り切った」本を何冊も出され、それらの本を読んで、大げさでなく人生が変わりました。

 

渡部昇一先生の著書は全部購入して読んでおり、たぶん500冊ぐらいではないかと思うのですが、すべて私の個人図書館に置いています。

 

渡部昇一先生は本来は英語の先生なのですが、英語に限らず、歴史や読書や自己啓発の面で大きな影響を受けました。

 

思想的なことだけでなく「自分自身の書庫を持つ」といったことも、潜在意識の中にインプットされ、それが今の私の地下図書館として実現化しています。

 

偉大な学者なのに資産を築いた人を、私は2人知っていて、一人は本多静六(明治時代の学者)、そしてもう一人が渡部昇一先生です。

 

本多静六は蓄財からの投資で財を築いたのですが、渡部昇一先生は投資は一切なさらなかったように思います。

 

しかしながらベストセラーを連発したり、講演の依頼が引きも切らなかった状況で、都内に「世界一の個人蔵書」を持つ自宅を建てられたりしています。

 

若い頃から物凄い努力家で、まさに知の巨匠という名にふさわしい方だと思いますが、一方「虫のいいこと」を考えるべしと説かれてもいるのです。

 

正しい方向に正しい努力を続けていくと、ある日突然「天からハシゴ」が降りてきて、簡単に夢が叶ってしまうとのこと。

 

しかも「天からのハシゴ」は一度降りてくると「降り癖」がつくので、そうなるとラッキーまみれの人生になってしまうのです。

睡眠の達人へ

名古屋へのクルマでの日帰り出張や、炎天下でのコインパーキングの清掃作業などが続き、体力のキャパシティを超えてしまいました。

 

私は具合が悪くなる時、まずはノドに異変を感じます。

 

今回も「ちょっとヤバいかも」と思っているうちに、どんどん体調を崩していきました。

 

原因は過労だとハッキリしているので、とにかくひたすら寝るようにしました。

 

起き上がると苦しいのですが、横になっているあいだは大丈夫なので、とにかく何も考えずに寝ることにしました。

 

幸い何の予定も入れておらず、回復への時間だけはたっぷりとあり、それだけでも気が楽でした。

 

読書も語学もできなかったのですが「まあ、そんな時もあるさ」とドンと構えておりました。

 

いつも何かをやっていないと時間をムダにしているようで気に入らないのですが、そんな「貧乏くささ」も(この際)手放したいと思います。

 

横になっていると、1時間半ぐらいの睡眠を何度も取り(昼間の話です)、起きるたびに具合がよくなっていくのが分かりました。

 

今後、長寿に向けて「睡眠の達人」を目指すべきだと真剣に思いました。

 

いい睡眠は起きている間のパフォーマンスを格段に良くしますが、睡眠自体を楽しむという生き方があってもいいのではないかと思うのです。

 

ダウンサイジング

かつては200㎡もの広さの、1階の路面店で商売をやっていたのですが、2階の50㎡のテナントさんが退去することになり、さんざん悩んだあげく、2階に移動することにしました。

 

ほとんど誰にも相談することなく、1週間ものあいだ朝から晩まで1人で考え抜き、結局「2階に移ろう!」と決断しました。

 

今から思えば、これは大正解でした。

 

当然、売上減となるわけですが、幸い、安定したコインパーキングの収入があったので、決断しやすかったように思います。

 

小さな会社のメリットは、固定費が少なくてすむことです。

 

ストックビジネスの安定収入で経費分を賄えるので、精神衛生上、極めて楽で、資金繰りで頭を悩ますことも皆無です。

 

小さな会社だと人間関係もギクシャクすることがなく、その他「ややこしい」問題もありません。

 

人手がかかる賃貸管理事業を手放し、そのかわりにコインランドリー事業を始めました。

 

コインランドリー事業は「投資型フランチャイズ」の一種で、本部が一切合切の作業を行ってくれます。

 

コインランドリー店を増やしていっても、当社の負担はほとんど増えず、まさに小さな会社には打ってつけの事業なのです。

 

コインパーキング事業はすべて地元集中しており、清掃も集金も自分たちの手で行っているのですが、もう少し規模を縮小しないと、私の体力が持たなくなってきました。

 

 

鍛えずに、整える

「運動しなければ、体は衰える」という思い込みで、毎日1時間半もウォーキングしていた70歳代の人がいます。

 

が、ある日、突然ギックリ腰になり、動けなくなったそうです。

 

その人は整体の仕事をしており、自分自身、とても恥ずかしく感じたとのこと。

 

私は今71歳ですが、もう体を鍛えるというようなことをしてはいけないと思っています。

 

だからといって何もしないのは具合が悪く、要は「鍛える」ではなく「整える」のが正解のようです。

 

筋トレなどは関節や骨格への負担が大きく、やってはいけないことの一つではないかと思っています。

 

身長が縮んでいく年代になってまで、腹筋を割るような必要もなく、その暇があるなら頭の方を鍛えたいと思っています。

 

仏語、独語、英語のネット新聞を毎日読んでいるのですが、理解度がどんどん深まっていくのが実に面白く、自分が進化していく実感を楽しんでいます。

 

先日、名古屋への日帰り出張をしたり、炎天下でのコインパーキングの清掃作業をしたりで、どうやら疲労が蓄積していたようです。

 

急にガックリきて、過労状態でいつものルーティンワークができません。

 

「95歳までバリバリの現役」を目指しているわけですが、もっと仕事量を減らさないと体が持たないことが分かってきました。

 

しかしながら経済力(利益やキャッシュフロー)は落としたくないので、どう構造改革をなしていくかが問われています。

買えば下がる。売れば上がる

株が上がるのか下がるのかを予測するコンピュータ・ソフトがあります。

 

そのソフトを使って、株の売買を行おうと試みたことがあります。

 

デイトレードとはいかないまでも、かなり短期の売買になります。

 

そうするとどうなったかというと、株価の動きが気になって、本業に集中できなくなりました。

 

気持ちが落ち着かないし、仮に儲かったとしても、ちっとも楽しくありません。

 

一度、株で大きく含み損を持った時期があり、どうにも気持ちが上向きにならないので、思い切って損切りしたことがあります。

 

損切りしてどうだったかというと、不思議なことにあまり損した気持ちにならなかったのです。

 

損したのは「過去の自分」であって「今の自分」ではないからです。

 

また「損した」とは言え、それは観念上のことだけであって、むしろ現実にはキャッシュが入ってくるわけです。

 

ところが話には続きがあり、その時に損切りせずに今なおその株を持っていたら、大きく株価が上昇したので数千万円の儲けとなっていたはずなのです。

 

「幻の大儲け」でありました。

 

まこと株は「買えば下がる。売れば上がる」のであります。

 

才能がないので株はもうやめようと思っていたのですが、今は高配当株のみを厳選してポツポツと買い増やしています。