時を守る

「時を守り、場を清め、礼を尽くす」は森信三先生の大切な教えの一つです。
これができるのは、相当レベルの高い、上質な人であると言って間違いがありません。
例えば、時間にルーズな人間は信頼が出来ません。
また何をやってもいい加減です。

仮に一時(いっとき)の成功者であっても、成功によって驕りが出てくると、時間に遅れだすという兆候が見られます。
本当に危険なシグナルで、時間に遅れるようなことを繰り返していると、大きな災難が待ち受けているというのは、まわりを観察していてもよく分かります。

短い期間に2度遅刻した社員は、必ず事件か事故を引き起こしていました。
また遅刻まで行かなくても、仕事に対するモチベーションが下がってくると、会社に来る時間が遅れてくるという現象があります。
賞与査定は、会社に出社する時間の早い者から高く評価していっても、そう間違いは起こらないのではないかという気さえしています。

先日、イギリスのヴィクトリア時代のことを調べていて面白いことに気がつきました。
イギリスが一番繁栄し、国力が充実していた時代がヴィクトリア時代です。
イギリスはヴィクトリア時代産業革命に成功し、世界の超大国への道を歩み始めます。
その時に国内に鉄道が敷かれていくのですが、鉄道には「列車時間」が必ず定められます。
気が向いた時に列車を走らせるなんてことは許されないからです。

列車時間が浸透するにつれ、イギリス社会自体が時間を守るようになってきたのです。
「時間をキッチリと守る」は工業の発展に欠かせない要素なのです。
近代資本主義は「時間を守る」という姿勢と共に発展してきたと言っても過言ではないと思うのです。
それが証拠に、時間にルーズな国や地域はいまだに繁栄していません。

日本でも「○○時間」(○○にはその地域の名前が入る)といって、会合一つとってもいつ始まるのか分からないような地域がありますが、例外なく後進地域です。
私自身の経験でも、定刻に始まらない会議は、今までロクな会議であったためしがありません。
時間を守らない人とおつき合いする方法はたった一つ、「お付き合いしない」ことです。