ウィーン・ブタペストへの旅 総括編②

海外旅行に行くと、語学へのモチベーションがバキバキに上がります。
今回もその例外ではありませんでした。
私のドイツ語は通じるのですが、相手が私のことを「ドイツ語ができる」と勘違いし、早口で返事が返ってくると、それが全然分かりません。
従って重要なことを聞かなければならない場合、どうしても英語で質問せざるを得ないわけです。
これはちょっと誤算でした。

それにもっと意外だったのが、ブタペストではドイツ語が通じないのです。
7,8年前に行った時は、5人のうち3人がドイツ語を話せる印象があったのですが、今回は全然。
それだけ英語が幅を利かせてきたということでしょうか。

EUでは今、経済の勝ち組と負け組の差が大きくなっています。
新聞や本で得た知識では、オーストリアは勝ち組で、ハンガリーは負け組(それも経済破綻寸前)だと聞いていました。
単に旅行しているだけでは、ハッキリ言って経済の状態まではよく分かりません。
ウィーンの街もブタペストの街も観光客であふれていました。
ただブタペストでは、まだ若いのにホームレス的恰好をした人を2日間で計3人見かけました。
若年層の高失業率と無理やりこじつけてもいいのですが…。

フン族が押し寄せてきたので、ゲルマン人の民族大移動が起こった」と世界史で習った覚えがあるのですが、ハンガリーはそのフン族が作った国なのです(たぶん)。
つまり「ハンガリー」は「『フン』ガリー」なのです。
名前も東洋式に「姓」・「名」の順番だし、言語もヨーロッパ語とはかけ離れているのです(街の看板を見ても、何の単語か全く推測できません)。
だからハンガリー人は東洋系の顔をしているのだとの思い込みが私にはあったのですが、これは完全に当てが外れ、現地へ行くと白人の国でありました。

ハンガリーはユーロを導入したはずなのですが、現地では現地の通貨フォリントが依然使われていて、ユーロでは受け取ってくれない場所もあるのです。
仕方がないから両替したのですが、1円は3フォリントで、例えば1,000フォリントは300円となります。
この金銭感覚はすぐにはなかなか身につきません。
特にチップの時に困るのです。

ハンガリーはモンゴルにも蹂躙されたのですが、第2次世界大戦でもメチャクチャに破壊されています。
それがどちら側にヒドイ爆撃をされたかと言うと、何と連合国側からやられているのです。
つまり第2次世界大戦では日本と同じ組にいたわけです。
第2次世界大戦といえば、日本はドイツ・イタリアと組んで三国同盟をしたわけですが、それ以外にも同盟軍がいたなんて知りませんでした。
それならそれで早く言ってくれれば、もっとハンガリーでお金をいっぱい使ってきたのに…。

今回の旅では、語学の重要性の認識とモチベーション・アップを得ました。
自分にとって本当に価値あるものに特化して、生きていきたいとも思いました。
惰性で続けてきたものをここらで見直したいとも思います。
1日はどう転んでも24時間。
大袈裟に言えば今後の人生を、一瞬一瞬をどれだけ輝かせるかが勝負だという気がしてきました。