祈る人になる

神社巡りをする時、多少なりともスピリチュアルなことを期待しているところがあるわけです。

 

が、ピンと来ることなしに神社をあとにすることも少なくありません。

 

神社と自分との相性というのもあるように思います。

 

1度や2度神社に行って、その良さが分からなくても、回を重ねるごとに段々とその神社と波長が合いだし、大好きな神社になっていくこともあります。

 

あるいはちょっと空振りの感じで帰ったのだけど、しばらく経ってから(魂に)ガツンと来る神社もあります。

 

伊勢神宮に毎月参拝しているうちに、いつのまにか「いつも神さまに守られている」といった感覚が身についてきました。

 

先日、箱根神社の近くにある九頭竜神社に行ってきたのですが、何となくウマが合う感じがしました。

 

それ以降、ちょっと困ったことがあると、九頭龍さんにお願いすることにしたのです。

 

もう解決してもらった案件が2,3件あり、来年、お礼参りも兼ねて再来する予定です(日程もホテルも決めました)。

修験道役小角(えんのおずね)が開祖で、山伏はその系統を引き継いでいるのですが、神羅万象の神々を崇め、祝詞(のりと)を唱えれば、般若心経も唱えるという、神道も仏教も融合しているところがあります。

 

ある山伏の本を読んだのですが「単にキャンプや登山をするだけではモッタイない。どうして『自然への祈り』を入れないのだ」ということでした。

 

現代人は祈りを蔑(ないがし)ろにしているところがありますが、私もその言葉に大いに反省をし、今後は「祈る人」として生きようと思います。

 

ただし宗教家ではないので、本業はあくまでもビジネスパーソンです。