輝く将来のために働く

学生時代に今ほど勉強していたら、きっと違う人生を歩んでいたのではないかと思います。
体育会柔道部に属していたので、練習して、あとは少し勉強して本を読んで、それで精いっぱいだったように思います。
柔道だって、今から思えばもっとシッカリ練習することが出来たと思うのです。

社会人になってからも、随分もったいない時間の使い方をしてきました。
35年間も今の会社を経営しているのですが、これとて様々な反省があり、自分では合格点をもらえるような経営をしてこなかったと深く反省しています。

とは言え、少数精鋭の珠玉のスタッフがいる無借金の会社が残ったわけで、これはこれで大正解と言えるかもしれません。
過去の反省はいくらしても1ミリたりとも変わりはしないので、もうこの辺で将来のことだけを考えていこうと思います。
それもワクワクする将来を…。

基本的には私は「仕事人間」もしくは「勉強人間」です。
アメリカ人のように、若い頃から我武者羅(がむしゃら)に働き、一生遊んで暮らせるような蓄財が出来たらハッピーリタイアメントを目指すような人生にはしたくありません。

わが大和の国の最高神である天照大神(アマテラスおおみかみ)が、自ら機(はた)を織って働いておられたわけで、わが国では働くことは崇高なことなのです。
ハッピーリタイアメントなんてあり得ず、一生喜びのうちに働き続けることが一番の幸せだと思うのです。

能力もないのに(あるいは衰えているのに)組織のトップにいると「老害」と言われます。
私は「老害」と決して言われないほど、会社の方を小さくしてしまいました。
家族じゃないのに家族経営。
そんな会社が一つぐらいあってもいいのじゃないかと思っています。

毎日が時間との戦いです。
不思議なことに30代、40代より時間がタイトになってきており、大袈裟でなく1分たりともムダにしたくない心境です。
義理や義務や柵(しがらみ)で貴重な時間を費やしたくない気持ちが年々強くなってきました。

自分が今納得の出来る時間の使い方をしているのかどうかを常にチェックしています。
私は少なくとも95歳まではバリバリの現役で働くつもりですが、これっばかりは神様の領域です。
しかしいつ死んでも悔いのない生き方だけはしようと思っているのです。