たかが掃除であっても、哲学のようなものを持っていないと本気になれないのです。
モチベーションが上がらないと言ってもいいかもしれません。
先日ハッと気がついたことがあります。
掃除の間、頭がフル回転しているのです。
その都度その都度の「わが社の方針」など、すべて掃除の間に考えられてきたのではないかと思うのです。
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掃除の間、手は使っていても頭は自由なのです。
これだけジックリと思考する時間が持てるのは、ルーティンワーク中でもほとんどないのです。
思考するのに、ただじっと考えているより、手を使っている時の方が良いアイデアが生まれる場合があります。
いいアイデアが生まれたら即座にメモ。
すぐにメモを取らないと、10秒後には思い出せないなどということが現実にあるのです。
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従って「考える時間が持てる」は掃除の効用の重要な一つだと考えていいのではないでしょうか。
私の場合、アイデアが出るシーンで圧倒的に多いのが「掃除の最中」と「お風呂の中」。
フロの中にもメモを持ち込むことがあります。
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これは以前に発見したことですが、掃除には「運気を整える」という効用があります。
「どうもこのところ波に乗れない」とか「災難が続く」とかいった場合は、掃除の手を抜いていたのが原因の可能性があるのです。
科学的に証明できないのが残念なのですが、20年以上掃除を続けている私の経験則から間違いがありません。
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いい掃除が出来た時は、その空間に「氣」が通る感じがするのですが、もう一歩進めて「運気を整える」という効果があるまでは、長い間気がつかなかったのです。
「運気が整う」効用は、掃除をやった人にも、その空間を使う人にも及びます。
住まいやオフィスでもそうなのですが、神社仏閣でもそうなのです。
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神社はすべて「いやしろ地」(波動のいい場所)に建てられていると言われています。
従って神社を徹底的に掃除すると、本来具(そな)わっているオーラが輝いてくるというわけです。
ある方が鍵山先生とご縁をいただいてから、近所の神社を掃除したそうです。
すると神社が元々(もともと)持っている凛とした雰囲気が蘇ってきたとのこと。
それはその人の印象だけでなく、みんなが気付いたことのようで、やがて誰かが神社の壊れていたところを修理したり、ほかの人も掃除を始めたりする善循環が始まったとのことです。
地域から荒(すさ)みが取り除かれ、落ち着いた雰囲気になり、その街が物心ともに豊かになっていくのは間違いがありません。