「ワクワク感」の方向へ

来年度からの「3年手帳」を購入しました。
100歳の日野原重明さんが、3年後の予定をホイホイと手帳に書き入れていっているという話を読んだからです。
手帳とは言え、B5サイズのノートの大きさです。
今年の残りの日程部分を、その手帳にコピーして張り付け、もう既に使い出しています。

来年1年分のコインパーキングの集金日や散髪の予約日や英会話クラスの予約分などは、すべて手帳に書き入れました。
何せ血液型A型なので、決まったことはキチンと書き込んでいかないと落ち着かないのです。

勉強のため東京や海外へは出来るだけ行くべきだと思っていますが、逆に出ようか出るまいか迷うような会合は、あっさりカットしようと思うのです。
セミナーだって、その講師の著書があれば、それを全部読むほうが、講演を聞くより手っ取り早い気がするのです。
大阪でセミナーがあるとして、往復の時間も入れると5時間ぐらい費やしてしまいます。
5時間あれば、少なくとも7,8冊の本が読めます。
「速読」のありがたさであり、威力でもあります。

ではセミナーの講師が本を出していない場合はどうするのか?
そもそも著書の1冊も出していないような講師の話はレベルが低いように思うのです。
だからパスしても多分問題なし。
いろんな所へ出歩かなくても、会社と自宅とでかなり密度の濃い仕事が出来るように思います(インターネットの影響も大きいですね)。
他人の畑をアチコチ見て回るよりも、自分の畑をシッカリと耕す方が今は大切だという気がするのです。

どういう方向へいくのかは、自分の「ワクワク感」に従いたいと思うのです。
「恒産無き者は恒心なし」なのですが、幸い「恒産」の方は累積経営が頑張ってくれています。
従って経済的な理由のために、気が乗らない仕事をする必要はあまりなくなりました。
頭は年に関係なく、鍛えるとどんどん進化することを体感しています。
65歳で隠居など、とんでもない話なのです。