夢(目標・大ぼら)を打ち出す

借入れをせずに、投資をしていくためには節約しかないのですが、「節約」というと、縮小していくネガティブなイメージがちょっとあるかもしれません。

そこで「節約」を「支出の最適化」と言い換えようと思います。

要はお金の使い道の選別化でもあります。

私は本代は一切ケチらないようにしたいと思っているし、ファミリーのためのお金も渋らないようにしたいと思っています。

逆に一切お金を使わないのがギャンブルや飲み歩き。

ゴルフなどの時間がかかる趣味なども控えたいと考えています。

社交も選別したいですね。

コロナでお付き合いが減り、お金や時間が浮いた人も多いのではないかと思います。

もう自宅はあるのだから、別荘などは買わないようにしようと思っています。

将来、東京を第2の基点にしたいという夢もあるのですが、マンション購入や賃貸はせずに、ホテルを拠点にするのが時間の節約という意味でベストかもしれないと考えています。

自分にとって何が大切で、この人生の中で何がしたいのかを、最初によく考えておかないと、時間を浪費ばかりして、あっという間に老齢化してしまいます。

夢を叶(かな)えるのは潜在意識に任せればいいのですが、夢を打ち出すのは自分しかいません。

思うだけでワクワクするような夢(法螺)でありたいわけです。

私は「5か国語ペラペラで資産300億円の旅人投資家」という大ボラを考え出しました。

ならばそこに向かってエネルギーと時間を集中していけばいいだけの話です。

目標が見えているので、寄り道しなくてすむので助かります。

 

神たび・クルマ旅・一人旅

いつもは伊勢神宮に1人で参拝に出かけるのですが、今回は娘や息子の家族とも一緒でした。

健康で毎月参拝できること自体が大ラッキーなことなのですが、3家族で行けるなんて有難さも3倍です。

炎天下での2日間、外宮・内宮を回る参拝は汗だくになって(ダイエットには具合いいのですが)今回も黒の礼服2着が汗でずっしりと重くなりました。

さすがに小さい子供たちの参拝はムリで、妻がホテルで子供たち(孫)の面倒を見ることにし、おとな5名で回りました。

今回はコロナの影響で正式参拝はできなかったのですが、また近い将来ファミリーで正式参拝したいものです。

毎月の伊勢神宮参拝を除き、私の「神たび」は今年中にあと1回あります。

宗像大社香椎宮筥崎宮」の北九州コースは先日実現したので、「美保神社⇒八重垣神社⇒佐太神社」の島根コースが残っています。

ホテルだけは予約しているのですが、あとは自由自在の「クルマ旅・一人旅」です。

神さまにご挨拶に行くのだから、参拝は黒の礼服か、紺のスーツというキチンとした服装にするという方針が確定しました(冬はこれに羽織袴が加わります)。

こう決めると、逆に服装に迷うことがなくなり、旅の仕度が楽になります。

来年はスケジュール上、水曜・木曜が連休になり、これを活かして、日本各地の神社や史跡やミュージアムに出かけたいと思っています。

事前に本もたくさん読んでいくのですが、現地へ行って初めて分かることも少なくなく、足を運ぶ価値は十分にあるように感じています。

伊勢外宮神泉

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マイペースで95歳まで働く

宅地造成の現場で2年ほど働いた経験があったり、鍵山秀三郎先生との出会いで掃除に本格的に取り組んだりしたおかげで、肉体労働には抵抗感がありません。

今もコインパーキングを自分たちの手で掃除しているのは、その所為(せい)でもあります。

コインパーキングに留まらず、1日2時間ほどを毎日掃除に費やしています。

「95歳までバリバリの現役で頑張る」と宣言しているのですが、その中には肉体労働も含まれているように思います。

手足を使った作業ができなくなった時が、引退の時ではないかという気がするのです。

一方で山ほど本を読み、4外国語のマスターに挑戦し、そういった知的作業も最後まで継続させていくつもりです。

「リタイアして南の島でゆっくり暮らす」よりも、地元でゆったりと仕事する方が、私にはストレスがありません。

「働かざるもの食うべからず」という禅宗の言葉がありますが、老いるから働けなくなるのではなく、働かないから老いるのです。

そのためにも「小さな自分の会社」を持ち、そこを拠点に一生働いていきたいと考えています。

小さな自分の会社なら、いくつまで働こうと老害になりようがありません。

体と相談しながら自分のペースで、いくらでも働きようがあると思うのです。

私も体育会柔道部で体を鍛えた方ですが、長い目で見ると体の酷使は具合が悪いようです。

「徹夜なんてヘッチャラ」と若い頃豪語していた人が、晩年、難病に陥ったり、体調の悪さに悩まされていたりする例をいくつも知っています。

あれだけ強かった大横綱北の湖千代の富士でも60歳過ぎで亡くなっています。

マイペースで淡々と95歳まで働き続けるというのが、私の理想でもあります。

実体経済とマネー経済

実需のモノやサービスの「実体経済」と、そういった対価を伴わない「マネー(金融)経済」の乖離(かいり)が以前から指摘されています。

一説によるとマネー経済は、実体経済の10倍の規模を持っているそうですが、株価や世界の大都市の不動産価格が、そういったマネー経済の影響を受けて、実需的な根拠のない高騰を続けてきました。

どうして世界的にカネ余り現象が生じてきたのかは不明ですが、ひょっとしたら大規模な戦争が長い間なかったからかもしれません。

いずれにせよ、余った資金が投機市場に流れ込んで、実需とは違う、別の市場を形成しているのは間違いがありません。

テスラの時価総額トヨタを超えました。

実体経済から言えば「ゼッタイおかしい」のですが、現にそれが今の事実なのです。

ある株式専門家の話をCDで聞いていて「なるほど」と思ったことがあります。

一般に、株価は企業の業績で形成される(少なくとも業績期待によって株価が変動する)と思われていたのですが、マネー経済と実態経済とは別物なので、業績とは関係のない株式市場になっているとのことです。

従って個別企業の分析などは、時間や手間やコストばかりかかり、効率が極めて悪いということです(その専門家は「意味がない」と言っていました)。

個別企業の株を買ったところで、それがたまたま大きく値上がりする株である確率は低いわけです。

私は株でのキャピタルゲインは狙わず、預金代わりに毎月一定額の株を買い、インカムゲインである受取配当を増やしていく方法を取ってきました。

が、コロナのような「まさか」が来ると、株価が大幅に下落するのは当然として、配当の方もあっさりと大幅カットされるのを経験しました。

株式投資手法の抜本的な変更か、あるいは株式投資自体からの撤退を考える機会かもしれないと思っています(私には、株よりも不動産の方が相性がいいようです)。

今後のこと

デキのいい若い人たちと話していると、ITをはじめとして(私自身の)「落ちこぼれ感」を強く感じます。

今どき、スマホをほとんど使わない人間は珍しいと思いますが、私はその一人です。

「95歳までバリバリの現役」宣言をしているのですが、ITなどの分野で必死になって食らいついていく努力をしていかないと、時代に取り残されてしまいそうです。

が、一方、そういった苦手な分野は「そこそこ」にして、自分の得意な分野にエネルギーを集中させてもいいのではないかとも思うのです。

私のまわりでは、私ほど本を読む人は皆無です。

つまり本に関しては完全な差別化がなされており、ならば今後も徹底的に読んでいけばいいのではないかという気がするのです。

高校生の時に読書の面白さに目覚め、それ以降、中断することなく、ずっと読み続けてきました。

ボディビルダーには「筋肉は裏切らない」という言葉があるようですが、知的生活者にとっても「読書は裏切らない」のです。

読書以上にハマっているものに「神道」があります。

信仰と言い換えてもいいのですが、今では「信仰なくして、いい人生なし」と自信を持って言うことができます。

神道は人々をキツく絞るようなことはせず、とても大らかな宗教です。

現世も肯定するし、戒律も食べ物のタブーもありません。

伊勢神宮で毎日欠かさず行なわれている儀式に日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)というのがあります。

アワビや鯛やお酒まで供えられており、それを見ると天照大神ご自身がグルメであることが分かります。

信仰とは別に、潜在意識の活用法などは、これから一生かかって研究していく価値のある分野だと思っています。

 

好きなことに集中

もともと勉強好きなほうなのですが、最近は歴史と語学にハマっています。

歴史と語学にハマると一生「飽きる」ことがないことにも気がつきました。

バタバタと朝から晩まで働いていると、勉強したり、本を読んだりする時間が取れません。

コロナ以降、働き方改革だけでなく「学び方改革」も進んで行ってほしいものです。

私も何度か引っ越しした経験がありますが、ラッキーにもその都度必ず書斎を確保してきました。

やはり書斎なくしての知的生活は難しいと言わざるを得ません。

テレワークのついでに書斎の確保という動きが世の中に広まると、不動産業界もまた活性化していくかもしれません。

書斎の整理・整頓・清掃を徹底すると、書斎そのものがパワースポット化してきます。

そうすると書斎に入るだけで、スッと気持ちと頭が整うといった状態になります。

私の書斎には神棚も祀ってあるし、花も飾っています。

書斎に置いている千冊の本が発するオーラもスゴイのです。

ただし読まない本をいつまでも置いていては「氣」が滞るのです。

内容が難しそうで、読む前に挫折していた本も数十冊あったのですが、それを「ヨコ勉」でどんどん読破していくと、書棚がスッキリし「氣」の流れまで良くなっていきました。

人生は短いのだし、好きなことをしていかないと「あっという間に」終わってしまい、死ぬ時にゼッタイ後悔すると思うのです。

で、私の好きなことは読書と勉強。

ならばそれらに集中していきたいと思うのです。

 

北九州への神たび その8

今回の「車勉」で聴いたCDは計10枚。

うち、経営が5枚、不動産が2枚、国際情勢が1枚、語学が2枚でした。

家でCDを聴くことはほとんどないので、クルマ旅ならではの勉強法です。

本とはまた違ったインプット法で、今までどれほど多くの「収穫」をこの車勉から得たか計り知れません。

長距離運転をしていると当然疲れます。

あまりに疲れると「いったい自分は何をしているのだ?」と気持ちが鬱(うつ)になったりすることにも気がつきました。

そんな時は休憩して睡眠を取るのが一番です。

寝ると気持ちもカラダも楽になってリフレッシュ。

日常生活でも同じですが、睡眠をケチってはいけないと思うのです。

睡眠不足だと体も心も不調に陥り、また下手すると体だけでなく心も病気になります。

睡眠を削って時間を節約したつもりが、医者にかかったり、入院したりして、余計に時間を浪費することになります。

若い頃「徹夜もヘッチャラ」とばかりにムチャをしてきた人が、晩年、体調不良に悩まされている例をいくつも見てきました。

今回の旅で、いくつか分かったことがあります。

まずは神社参拝の時は礼服かスーツを着ていくこと。

猛暑なのでカジュアルな格好をして参拝したのですが、やはり神さまは好まれなかったようです(と、感じました)。

また(畏れ多くも)どうも自分と相性のいい神さまと、そうでない神さまがおられるようなのです。

好きな神さまとのご縁を深めていくための「神たび」もアリかもしれないと思います。

一人旅・クルマ旅は気楽で自由自在。

「旅に出ればご馳走を食べるべし」という思い込みもなく、食べるのも抜くのも自由自在。

家に帰って来たばかりですが、また旅に出かけたくなりました。