「やりたいこと」を絞る

個人投資家として、経済的自由も時間的自由も得ているYyさんが「やりたいことリスト」を作成し、それを毎月1回見直しているとお聞きした時、それこそが夢実現のマル秘方法だと思いました。
さっそく私も真似して書いてみたものの、70くらいしか書けなかったことは、このブログでも報告しました。

が、やりたいことを書いているうちに、これは自分が進んでいこうと思っている方向と違うのではないかという気がしてきたのです。
むしろ「やりたいこと」を絞り、それ以外のことはアッサリ諦めるという方が正しいのではないかと感じ出したのです。

私には人生の後半戦しか残っていないので、やりたいことの中で本当に達成できるのは精々3つぐらいではないかと思うのです。
もし私がゴルフや社交ダンスを始めたとしたら、たぶんそれで有効時間の半分は費やしてしまうはずです。
だから「達成したいこと」と「やってはいけないこと」を最初に決めなければいけないと思うのです。

2020年夏、東京オリンピックの開会式をシートに座って見学したいと思っているのですが、その時には年間3,000冊の本を読み、5か国語がペラペラで、年収は〇〇円になっています。
私の能力では、多分この3つの目標を達成するだけで手いっぱいのはずです。
だったら他の「やりたいこと」は諦めるべきなのです。
他の「やりたいこと」は、また次回の生まれ変わりの時に残しておいてもいいかもしれないと思っています。

ある馬術スクールの宣伝文句に「一生ウマに乗らないつもり?」というのがあります。
そう言われると、死ぬまでに是非とも乗らなければならない気持ちになりますが、こういったものも来世に回してもいいかもしれないと思うようになりました。
あるいは前世で散々馬に乗ってきたかもしれません。
だから今世は多読と語学と神道の世界を深めていくだけで十分満足なのです。

また最近は、日常生活のちょっとしたことに大きな喜びを見出すことができるようになりました。
例えば、朝ビートと散歩に出かけるという「ごく当たり前のこと」の中にも、幸せがギッシリ詰まっていることを感じます。
まず天気が良くなければ散歩できません。
またビートも私も健康でなければ行けません。
当たり前のことが当たり前にできるなんて、なんて幸せなんでしょう!
こんな当たり前のことに気がつくのに63年もかかりました。