式年遷宮(しきねんせんぐう)

伊勢神宮出雲大社に参拝に行ったあと、何かしら守られているという実感がずっとあるのです。
私だけでなく、ある不動産業の人が出雲大社に行ったあと、仲介の契約がバンバン決まっているとのこと。
大国主命のパワーは半端ではないのです。

私はミッションスクール出身なので、キリスト教の知識は平均的な日本人よりも遥(はる)かにあると思っています。
また仏教も独学しました。
しかし神道こそが自分が行くべき道だということに、ある時気がついたのです。

神道にはバイブルや仏典のような教書がありません。
またキリストやブッダのような特定の創始者もいません。
これでよく2,000年以上連綿と続いてきたなと思うのですが、ずっと日本人の精神的支柱であったことは間違いがありません。
神宮や大社へ行き、謙虚に姿勢を正せば「凛」とした神々の波動をハッキリと感じることができます。
これが自ずと生き方を正してくれるのだと思います。

今年は出雲大社の60年に1度の式年遷宮と、伊勢神宮の20年に1度の式年遷宮とがあるのです。
まさに私のような「神道ボーイ」にとっては外せない年でもあるのです。
出雲大社式年遷宮最大の儀式は5月10日。
伊勢神宮は内宮の儀式が10月2日に行われます。
この両方に参加できるのはラッキーとしか言いようがありません。

出雲大社での5月10日の儀式の日は、周辺のホテル及びタクシーはすべて予約済み。
私はこういう時は流れに従って“あっさり”と諦めることが多いのですが、今回は珍しくシブトク粘りました。
足も宿も確保できない中でどうしていけばいいのかを、丸1日考えておりました(ただし休みの日にです)。
結論から言うと、出雲でホテルが取れなかったのですが、松江で確保できました(出雲から松江はクルマで1時間ほど)。
また神戸のハイヤーに現地まで来てもらい、丸2日間お世話になることにしました。
当然費用は掛かるのですが、そんなことは言っておられません。
何せ60年に1度のことなのですから。

当日は8,000人もの人たちがその儀式に招待されるのだそうです。
ほかの地方社会と同じように、出雲も電車の便が悪く、しかも儀式は夜にあり、それが終わった頃はもう電車がないという状況なのです。
出雲大社の周りで、夜帰るすべがなく、帰宅困難者となっている自分を想像するだけで不安だったのですが、ホテルとクルマを確保することにより、一挙に問題が解決し、光がさしてきました。

伊勢神宮の儀式は10月なのですが、もう既に周辺のホテルは全く取れず、鳥羽や志摩の方でもホテルの予約はムリでした。
しかしながら伊勢は比較的近いので、何とかなると楽観しております。
多分このブログでも、式年遷宮の儀式のことを書くと思うのですが、どういう感想を書くのか、自分が一番楽しみにしているところです。