圧倒的な仕事量に向かって

自分が納得できる時間の使い方をしているか否かで、人生の良し悪しが決まると言っても過言ではないと思います。
時間は命そのもの。
これが案外分かっていないのです。

命は神様から与えられたもの。
時間も同じです。
神様から与えられたものを、けっして粗末に扱ってはいけないのです。
世の中で、嫌々仕事するほど“つまらない”ことはないと思います。
私も若い頃サラリーマンの経験があるのですが、今から思えば、本当にもったいない時間の使い方をしていたものです。

エンゲル係数は「収入に対する食費の割合」。
これが低いほどリッチな生活だと言われています。
エンゲル係数(勝手に言っています)は、「生活費を稼ぐために費やす時間の割合」。
これが低いほど自由で豊かな「生き方」。
特に人生の後半は豊かな生き方をしたいものです。

勤労所得だけでなく、不労所得も大切です。
「汗水たらす」だけでは、実現させにくい贅沢もあります。
例えば飛行機のビジネスクラス(ファーストクラスでもいいのですが)。
あるいは超一流のホテルでの宿泊。
超一流のレストランやお店は、利用するだけで随分と勉強になりますが、これらも勤労所得での支払いだと「もったいない」の気持ちの方が先にたちます。

これからの時代、「いい本」と「いい仲間」と「サムマネー」。
本を読む習慣があれば、古今東西の人類の精神的遺産に触れることが可能です。
また逆に新時代の最先端の考え方やアイデアを知ることが出来ます。
特に後者の場合、英語が不可欠になってきます。

「英語を読む」は「英語を喋(しゃべ)る」よりも精神的に深いものがあります。
日本語でも本を読まない人は、会話の内容がつまらない。
反射神経と条件反射だけで話しているわけです。

「英語を書ける」は「英語を読む」よりも、もっと高度な知的能力が必要です。
日本語でも「まとまったことを書ける」人となると、数が限られてきます。
私にとって今後一番大切な英語の能力は、まず「読む」。
そして「聞く」。
次に「話す」で、「書く」機会はほとんどないように思います。
これがドイツ語になると、「話す」(旅行会話)、「読む」、「聞く」、「書く」の順番になります。
私のドイツ語のクラスメイトが、時たま送ってきてくれるメールはすべてドイツ語です。
50歳代後半から全く新しい語学を学び始めても、意欲さえあれば、あっという間にマスター出来てしまう実例です(しかも一人だけではありません)。

自分の納得できる時間の使い方となると、やるべきことは限られてきます。
私の場合は「仕事」と「原稿書き」と「読書」。
語学は読書の中に含まれます。
仕事の方もブログで何度も自問自答しているうちに、やるべきことがハッキリしてきました。

会社の方向を不動産の「サービス業」から「オーナー業」の方向へ。
不動産の活用を考える「本来の不動産業」に向かいたいと思います。
そして、ちょっと極論かもしれないけれど「脱・宅建業」。
また個人的には「コインパーキング」に集中。
以前に「やるべきことは、コインパーキングとIT」と書いたことがあるのですが、ITはやや付随的なものかもしれません。
ITへのアンテナは常に高く持ち、目を話さないようにしたいと思っていますが、IT自体で食べていくことは、正直ちょっと難しいように思います。

やることがハッキリしたら、ムダやムラやムリのある時間の使い方は、極力避けようと思います。
神様からいただいた時間なのに、つまらない使い方をしていたのでは、神様に申し訳ないのです。