働く仲間よ、ともに頑張ろう!

deguchi2007-07-20

『よき経営者の姿』(伊丹敬之・日本経済新聞出版社・1,680円)を読み、いろいろと考えるところがありました。
バブルの後の失われた10年に、日本経済はどうして立ち上がれなかったのか?
伊丹敬之さん曰く(いわく)「経営者の器が小さかったから」。

そんなことは考えてみたこともなかったのですが、的を射ているかもしれません。
シュンペーターは企業家精神に光を当て、企業家精神こそ、経済を発展させていく原動力だと説きます。
そうなのです、日本は長い間企業家精神を忘れていたのです。

戦後の日本の企業家で10人上げるとしたならば、絶対に入ってくるのが松下幸之助本田宗一郎井深大の3人。
それぞれ松下電器、ホンダ、ソニーの創業者です。
あとは“お好み”しだいなのかもしれませんが、私は宅急便の創設者の小倉昌男を入れたいと思います。
(私個人の気持ちとしては、小倉昌男さんと呼びたいのですが、歴史的人物として「小倉昌男」でいきます)
『よき経営者の姿』を読むと、小倉昌男は「経営は論理だ」とのこと。

この言葉には、ちょっと救われた気もします。
不動産業界ではKKDといって、「勘」と「経験」と「度胸」がモノを言うわけです。
あまり「論理」は関係なし。
むしろ論理を持たない人の方が、金儲けが上手かったり、会社を大きくしたりするところがあるのです。
もっともバブルの後ではKKDばかりに頼っていた人は、ばんばん会社をつぶしたのですが…

論理的とは言いがたい、言ってみれば「動物的勘」(悪口ではありません。「すぐれた勘」と言い換えてもいいのですが)で会社を上場にまで持っていた人を、この不動産業界でも何人も知っています。
また上場しなくても、自分の嗅覚に頼って大儲けしている人もいます。
こういう人たちには「ちょっと勝てないなぁ」というコンプレックスのようなものが、私にはありました。
しかし小倉昌男の「経営は論理だ」で、そのようなモヤモヤが吹っ飛んだような気がします。

人は人なのです。
また過去は過去なのです。
今からの私は違うのです。
I am not what I used to be.なのです。
知的な積み重ねは自分の得意とするところ。
論理とは、まさに知的積み重ねのことではありませんか。
28歳のときから会社経営を始め、25年以上苦しんで(むろん楽しみも多かったのですが)、最近やっと何かが分かりだしてきた感があります。
経営の真髄が見えてきたと言ってもいいかもしれません。

たくさん読んできた本も、徐々に自分の中でエネルギーに変わり、ここに来て大きなパワーになりそうな予感がしています。
起きている間は、ほとんど経営や仕事のことを考えています。
これが苦痛だと“ちょっと”辛(つら)いわけですが、どちらか言うと「わくわく感」でいっぱいなのです。
例えて言えば、次の海外旅行のことを考えている感じ。
ということで、次へのステップへの飛躍の条件は揃(そろ)ってきたではないですか。
この「わくわく感」を働く仲間とも共有し、一緒に頑張っていきたいものです。