2005-11-25から1日間の記事一覧

ちなみに、西郷隆盛は日本の右翼の源流とも言える存在です。 骨格となる考え方もそうですが、人格自体もそうなのです。 純粋右翼の人が目指す東洋的大人物は、西郷隆盛がそのモデルであり、目標でもあります。 頭山満(とうやま・みつる)も西郷隆盛を尊敬し…

西郷隆盛は、その精神性の高さは、だれもが認めるものですが、国を支える大きな原動力となる工業や商業の重要性が、どうしても分らない。 視野の狭さや考え方の限界があったと言わざるを得ません。 やっぱり、視野を広める旅は必要だと言う話になるのです。

海外組は、欧米諸国の国力の根底には、商業や工業の発展があることを、はっきりと認識していました。 しかし西郷にはそれが分らなかった。 西郷隆盛は、士農工商の「士」のストイックな精神性や「農」の勤勉性は、高く評価していましたが、「工」や「商」は…

岩倉使節団には、実は西郷隆盛は参加していなのです。 西郷には、ある持病があったので、参加できなかったと言う説もあります。 いずれにせよ、この海外を見た人たちと、見なかった人たちとでは、考え方や視野の広さで、大きな差がついてしまいました。 西郷…

岩倉使節団は、どこへいっても人気があったようです。 人物としての大きさ、凛とした礼節、いろんなことを吸収しようとする真剣さなど、好感の持てる一行だったのでしょう。 明治時代を支える人物たちにとって、海外視察は驚きの連続だったに違いありません。…

岩倉使節団

明治4年に岩倉使節団が、欧米を見て回っています。 岩倉具視、大久保利通、伊藤博文、木戸孝允などの、そうそうたるメンバー。 まだ新しい国が固まっていないのに、2年近くも国政をほっぽり出して、外国の視察に回ったわけですから、度胸が据わっているとい…