「下化衆生」もできるかも

仏教の言葉で「上求菩提・下化衆生」というのがあります。

 

 

上求菩提(じょうぐぼだい)というのは、仏の高い境地に向かって自分を高めていくということです。

各種の修業も、そのための手段だと言えるでしょう。

 

 

一方、下化衆生(げけしゅじょう)は人々を助け、民衆を救う行為です。

上求菩提が上に向ってのエネルギーなら、下化衆生はまわりや下に向ってのエネルギーとも言えます。

 

 

私は上昇志向が強いので、上求菩提については合格だと思います。

が、下化衆生については、ほとんど関心がなく、苦手でもあります。

 

 

空海などは高い境地を持ちながら、四国の満濃池の改修など、人々の生活の向上をもたらす仕事を成し遂げています。

 

 

行基などは、どちらか言うと「下化衆生」一本で、時の政府からは警戒されていましたが、民衆は嬉々として行基についていきました。

 

 

最後は聖武天皇からの懇願を受け、大仏建立に協力する立場に立ちました(残念なことに、行基は大仏が完成する前に亡くなってしまったのですが)。

 

 

このような偉人たちと比べるまでもなく、自分には下化衆生はムリだと諦めていました。

その分、自分を高めていくという生き方には、ある程度方向が見えてきました。

 

 

その方法を「縁ある人々」にも広めていけないだろうかという気持ちがあります。

自分が成功した「覚醒メソッド」を世の中にも広めたいわけです。

 

 

そうするとそれが「invigorate(人々に勇気を与える、やる気にさせる)」になり、下化衆生につながっていくのではないかと思うのです。