吉野への遠足 その3(吉水神社)

吉水神社へ、ほとんど下調べせずに訪れました。

 

クルマが1台しか通行できない道を歩いて行くと、鳥居がありました。

鳥居がなければゼッタイ見過ごしています。

鳥居をくぐった後も、こういった道を歩いて行きます。

吉水神社の門が見えました。

まわりを見れば山ばかり。

そんなに広くない境内で、右の建物がお社です。

ここで後醍醐天皇はじめ、南朝天皇方がお住まいになっていたようです。

頼朝の追手から逃れて、この部屋で義経静御前は5日間ほど滞在したようです。

義経は女人禁制の大峰山に逃げることとなり、ここでのひとときが最後の別れとなりました。

これ以降、2人が再び会うことはかなわず、どんな気持ちで過ごしていたことでしょう。

 

残された義経の鎧や、弁慶の小手(こて)なども、別の部屋に展示してありました。

これが南朝の執務室。

広さはたったこれだけ。

秀吉が吉野で大花見の宴を行った際、この吉水神社に本陣を置きました。

天皇が住んでおられたところなのに質素です。

かかっている額の「非理法権天」は楠木正成が旗にしていたようです。

「非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権(権力)に勝たず、権は天に勝たず」という意味です。

吉水神社は、もともと修験道の寺院でした。

吉水院の僧が吉野全山の衆を説得して、後醍醐天皇を向かい入れ、その後57年間の南朝の時代が続きました。

 

義経がかくまわれたり、秀吉が花見大会を行ったりと、「日本史」的にはひじょうに面白い場所です。

 

ほとんど知識なしで行ったのですが、訪問したのは大正解でした。