ヤマトタケル

ヤマトタケルという名前は、たいていの人が知っているのではないかと思います。

 

古代史の英雄です。

 

景行天皇の息子ですが、実は双子で、その弟のほうでした。

 

兄がオオウス、弟(ヤマトタケル)はオウスという名前でした。

 

ある地方に評判の美人の姉妹がおり、その姉妹を連れてくるようにと、天皇が兄のオオウスに命じました。

 

オオウスはあまりの美しさに、その姉妹を自分のものにし、天皇には別の姉妹を差し出しました。

 

それを知った天皇は弟のオウスに「ねんごろに、さとせ」と命じたのですが、オウスは間違った解釈をし、オオウスを厠で待ち、殺してしまったのです。

 

驚いた天皇は、オウスを遠くへやるために、クマソ征伐を命じました。

 

その時オウスはまだ10代のはずです。

 

伊勢神宮へ立ち寄り、そこで叔母のヤマトヒメから(ヤマタノオロチの尾から出てきた)ムラクモの剣と(なぜか)女性用の衣をもらいました。

 

後にヤマトタケル命(みこと)は、その衣を着て女性に扮し、クマソの宴会に出て、敵の大将を殺しました。

 

無事、使命を果たし九州から帰ったヤマトタケル命に景行天皇は、休む間もなく今度は関東へ向かうように命じました。

 

海の上で大嵐に出会い、そのとき妻のオトタチバナ姫が(自己犠牲で)海に入水し、海の神の怒りを解きます。

 

ヤマトタケル命がオトタチバナひめを思い浮かべ、三度「吾妻(あづま)=わがつま」と叫んだため、東国が東(あづま)とよばれるようになりました。

 

また敵を火で焼き払った場所が、いまなお「焼津」という地名で残っています。