あくまでも冊数にこだわる

「情報」が自分の中で濾過(ろか)されたものが「知識」になるのだと思います。
その「知識」に自分の体験が加わり、さらに昇華したものが「知恵」。
そして万人の知恵の集積が「法則」となります。
また各個人の中でスピリチュアル的なものも加わって、生き方のコアともなるべきものが「智慧」だと思っています。

読書に親しむと「情報」や「知識」はもちろんのこと、「法則」や「智慧」だって会得しやすくなります。
私は専(もっぱ)ら多読派ですが、数をこなしていくうちに自分の器が大きくなっていくのを実感しています。
学生時代など時間が有り余っていたのに、どうしてもっと本を読まなかったのかが、とても残念です。
本当にもったいない時間の使い方をしていたものです。

読書数に関しては、日本人の間でも二極分化しています。
本を読まない人は全く読まないという状況。
大卒やホワイトカラーでも本を読まない人がいるのが具合の悪いところでもあります。
街の本屋が成り立っていかないはずです。

本を読む人と読まない人とでは、知的格差が開くだけでなく、将来の年収自体も違ってくるはずです。
政治家の中でも所得格差のことを攻撃する人がいますが、そんなことを言う前に知的格差の拡大を阻止すべく、読書の有用性をもっと啓蒙してもいいのではないかと思います。
もっともそういう政治家自身もあまり本を読んでいないような気もするのですが…。

読書は学歴に関係なく、誰でも本を読もうと思ったら読めるわけです。
累積納税額日本一の斎藤一人さんは中卒ですが、本は極めてよく読まれています。
斎藤一人さんの読書は、この本がいいと思ったら何度も繰り返し読む方法です。
良い本は最低7回読むことを薦めておられます。
東大を首席で出た人も、教科書を7回読む方法を取っていると本の中で述べていました。
「7回繰り返して読む」というのは一つの法則かもしれず、「7回」に大きな意味があるのかもしれません。

「年○○冊本を読む」などと決めると、ついつい本の冊数ばかりに囚(とら)われてしまいがちです。
が、私はそれでもいいと思うのです。
冊数に拘(こだわ)らないと本を読まないからです。
ということで、年2,000冊目指して読んでいこうと思っています。