会社繁栄「掃除道」その1

会社の掃除を本格的に始めたのは38歳の時からです。
つまり38歳の時に鍵山秀三郎先生とのご縁をいただいたというわけです。
掃除を初めて20年経ちました。
「10年偉大なり。20年畏(おそ)るべし。30年にして歴史なる」という言葉がありますが、途中中断することなく20年続けると、さすがに何か得るものがあります。

掃除をやってよかったかと問われれば「間違いなくよかった」と即答できるのですが、掃除自体の内容も心境も、この20年間、随分と変化してきました。
「掃除をやる時間があったら、ほかの仕事に回すべきだ」という意見もあるかもしれませんが、まずは一度掃除を始めてみてはどうでしょうか。
いろいろな発見があり、とりあえずはビックリするはずです。

36歳、37歳、38歳は、わが人生最悪の時期でした。
バブルが弾(はじ)け「いったい我が社はどうなってしまうのだろう?」と毎日どん底の心境でした。
何せ売り上げが前年比9割減(注:1割減ではなく、9割「減」です)で、山のような借入れが残っていました。
私が37歳の時、見かねた知り合いの女性が(おせっかいにも)勝手に私の運勢を占い、それによると「38歳から運命の扉が開く」とのご宣託。

早く38歳にならないかなと心待ちにしていたのですが、38歳になっても何の変化もありませんでした。
ところが8月に差し掛かった頃、ある人から「鍵山秀三郎」という耳慣れない名前を聞きました。
何でも会社で徹底した掃除を行っている人とのこと。
「その人がトイレ掃除をやっているビデオがある」とビデオまでお借りすることになりました。
そのビデオを見ていると、自分も早く掃除がしたくてたまらなくなりました。
何とも不思議なビデオがあったものです。

それから1週間ほど経ったころ、また別の人から「鍵山秀三郎」という名前を聞いたのです。
「1週間の間に、全く違う人から同じ名前を聞くなんて珍しいことだ。これはきっとご縁ある人に違いない」と私はピンときたのです。
たまたまその人が鍵山秀三郎先生のご自宅の住所を知っていたので、私は鍵山先生にハガキをお出しすることにしました。
1枚のはがきでは足らなかったので、ハガキに「その1」・「その2」・「その3」と書き、同時に3枚いっぺんにお出ししたのです。
いわばファンレターでした。
「きっとご返事を頂けるに違いない」という確信があったのですが、はたして平成3年8月に鍵山先生から第1号のお葉書をいただきました。
まさに私の運命の扉が開いた瞬間でありました。