年齢を重ねると、オシャレは自分のためというより、まわりの人たちのためにするという意味合いが強くなります。
キレイな人を見るとうれしくなりますが、逆にまわりの人をうれしくさせるようなオシャレがあってしかるべきだとも思うのです。
年齢とともに汚くなってはいけないのです。
晩年は「きれいなお年寄り」や「かわいいおじいちゃん」を目指そうと思っています。
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海外へ行った時、人々を観察していると、ダンディやビューティーを印象付けるものは、顔よりもむしろスタイルだという気が強くします。
服装のセンスも大きく左右。
スリムな方が断然有利なのです。
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ヨーロッパなどでは、店の外にパラソルとテーブルがあるレストランや喫茶店をよく見かけます。
人びとは店の外で街ゆく人を見ながら、飲み物を飲んだり食事をしたりします。
大通りを歩く人たちを見ることによって、自然にファッションセンスが磨かれていくのだという説があります。
でもこれはイタリアやフランスであれば納得できるのですが、ドイツなどには当てはまらないような気もします。
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私は親独派ですが、ヨーロッパではドイツ人は服装のセンスが悪いというのが通り相場なのだそうです。
そういえば個々のドイツ人のファッションセンスはともかくとして、ハンブルグの百貨店のショーウィンドウの服のディスプレイは“いまいち”でありました。
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30歳代で私が一番働いていた頃の服装はいつもスーツにネクタイ。
今と同じように夏は暑かったわけですが、ノーネクタイということは決してありませんでした。
ゴルフもしなかったので、カジュアルウェアを買う必要も興味もなし。
本当にスーツかパジャマかといった生活でもありました。
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私は本代にかなりおカネを使うので、服装にまでは余裕がありません。
従って今後のファッション大作戦は「センスがよくて上等なもの」を「数少なく持つ」という戦略で行きたいと思っています。
「情けは人のためならず」ならぬ「オシャレは人のためならず」なのであります。