訒小平以降の中国

中華人民共和国の60年の歴史を振り返っています。
きのうは「毛沢東の時代」。
今日はトウ小平以降のお話。

1984年1月25日、トウ小平深センを訪問。
中国全体の経済を平等に底上げしていくのではなく、先に富めるところから富ましていこうという考え方。
このへんから中国の経済発展が顕著になっていきます。
1989年6月4日、天安門事件が勃発します。
この事件に触れることは、中国では今なおタブーとなっています。
1997年2月19日、トウ小平が死去。

1997年7月1日、香港が中国に返還されます。
1999年7月、法輪功問題が発生し、中国政府はこれを弾圧。
この問題も今なおタブーです。
2001年4月1日、アメリカ海軍の偵察機が中国軍戦闘機と接触
中国の戦闘機はそのまま墜落し、アメリカの偵察機は中国本土に緊急着陸しました。
両国それぞれに相手国への反感が生じました。

2006年に三峡ダムが完成。
2007年、中国製のペットフードやクスリに入った毒により、世界中で大きな被害がでます。
中国製の信頼性を大きく損ないました。
2008年5月、チベットで暴動が発生。
北京オリンピックの聖火に対し、世界各地で抗議行動が起こります。
2008年5月12日、四川大地震が発生。
わずか3カ月後にオリンピックを控える中国政府は大変だったに違いありません。
2008年8月8日、北京オリンピックが開幕。
国家の威信をかけたオリンピックでした。
2009年7月、新疆ウイグル地区で暴動発生。

こうしてみると、中国の強みと弱みとがよく分かります。
強みはやはり「世界の工場」である経済力。
最近は「世界の市場」としても期待されています。
ただし「毒入り食品」や「コピー商品」に見られるように、非常にモラルの低い生産感覚は世界中から顰蹙(ひんしゅく)を買っています。
周辺諸国に脅威を与える軍事増強も、強い経済力の支えがあってこそ。

中国のデータのデタラメさも気になります。
「電力消費量」だけは比較的信用が出来るデータなのですが、それと他のデータとの整合性がなく、GDPの成長率一つとっても、どこかおかしいのです(例えば「電力消費量」は落ちているのに「工業生産量」は増えている。こういうことは普通あり得ません)。
また経済成長はいいのですが、このまま環境破壊をし続けていくと、漢民族の住むところがなくなってしまうと思うのです。
環境問題は中国が持つ大きなリスクの一つです。

中国の地方やチベットウイグル地区での暴動リスクも決して小さくはありません。
中国にもいろんな顔があり、経済が前面に出てくると「親日」なのですが、政治が出てくると「反日」、軍事が出ると最悪となります。
今後良くも悪くも、中国の動向が世界に影響を与えます。
決して目を離すことが出来ない国であることは間違いありません。