伊勢神宮参拝

平成25年(2013年)から伊勢神宮に毎月参拝に行っているのですが、交通手段や宿泊方法はいろいろと変化しています。

 

今はクルマで行き、1泊するというのが基本パターンですが、電車を乗り継いで行ったこともあったし、日帰りの場合もありました。

 

コロナのために伊勢神宮自体が閉鎖されるということはなかったのですが、参拝時間が制限されたり、周辺の駐車場が閉鎖されたりし、そうなると動きが非常に取りにくくなり、なかなかの「難行苦行」でした。

 

今も「御垣内(みかきうち)参拝」と呼ばれる正式参拝が朝8時半からに制限されていて(以前は夜が明けたらO.K.でした)、ホテルのチェックアウトとの関係で、早朝の御垣内参拝はできていません(外宮・内宮と回ると2時間かかります)。

 

伊勢神宮は朝と昼とでは、雰囲気がガラリと変わり、参拝する「客層」もかなり違ってきます。

 

伊勢神宮の正式参拝にはドレスコードがあり、多くの人たちは黒の礼服を着用します。

 

もちろん紺やグレーのスーツでもいいのですが、黒の礼服には「位負け」するのです。

 

羽織袴で参拝したことがあったのですが、このときは「圧勝」でした。

 

「羽織袴での早朝の御垣内参拝」こそ神宮参拝の真骨頂だと思っているのですが、コロナ後は実現できていません。

 

ネックとなっているホテルのチェックアウトの時間を延ばせないかを、ビジネスホテルに聞いたところ「1時間1,000円の追加料金でO.K.」との返事をいただき、あっさり問題が解決してしまいました。

 

「羽織袴での早朝の御垣内参拝」実現のために、伊勢に家を建てようかとまで考えていたので助かりました。

 

ということで、この冬は「羽織袴・早朝・正式参拝」が実現できそうです。

驚愕の暗黒史

教科書にも載っていないし、学校でも全く習わなかったことに、ポルトガル奴隷商人によって、戦国時代、多くの日本人が海外に連れ去られ、奴隷として売られたという事実があります。

 

これはキリシタン宣教師もかかわっており、それを知り怒った秀吉は伴天連追放令を出しました。

 

当時スペインはフィリピンを植民地としており、またポルトガルマカオを拠点として活動していました。

 

あの時バテレンを追放しなければ、やがてポルトガルやスペインの軍隊がやって来て、九州のキリシタン大名の領地を足掛かりに、日本が植民地化された可能性も否定できません。

 

ヨーロッパ諸国はまずは宣教師を派遣し、現地の情報を取得し、また現地人を懐柔して、やがて植民地を作るという手法を取っていたからです。

 

逆にポルトガル人たちがやってきたのが、日本の軍事力が強かった戦国時代でよかったかもしれません。

 

もしお公家さんたちが政権を取っているような時代だと、なすすべもなく植民地化されていったに違いありません。

中国のトップ大学に清華大学北京大学とがあります。

 

精華大学が理科系で、北京大学が文科系で最高レベルと言われています。

 

その精華大学はアメリカの資金でつくられました。

 

これは善意でも何でもなく、実は「賠償金」なのです。

 

義和団事件の際、こともあろうに西太后アメリカ兵にレイプされ、この問題解決を日本の外交官が依頼され、結局「中国の青少年のために」という名目で精華大学がつくられたという次第なのです。

 

 

旅の予定

私の手帳は「5年手帳」で、来年が最後の年になります。

 

毎月の伊勢神宮参拝を含めると、来年すでに20ほどの旅の予定を入れました。

 

クルマ旅なので新幹線や飛行機の予約が不要で、ホテルの予約を入れるだけでいいので気が楽です。

 

「ひとり旅・クルマ旅」をしていると、段々と要領も分かってきて、ノウハウもたまってきます。

 

その一つに「旅館には泊まらない」というのがあります。

 

旅館の部屋にはデスクもなく、Wi-Fiも通じていないところがあり、私のような仕事道楽の人間には不便この上ありません。

 

たとえ高級旅館であっても、食事の時間を決められているとクルマ旅にはプレッシャーです。

 

また基本は2人予約で、1人旅だと予約すら受け付けてもらえないことが少なくありません。

 

山の中の神社や、地方都市のコインランドリーを回ることがあり、そうすると人口が10万人を切る街に宿泊することがあります。

 

そんなところにも、ビジネスホテルが結構あることを知りました。

 

名の通ったビジネスホテルチェーンだと、一定以上のレベルで安心です。

 

価格もリーゾナブルで、こちらもそれほどの期待をしていないので、案外満足できるのです。

 

先日、旅行用に持ち運びしやすい体重計を購入しました。

 

旅行中の食事は変則なので、体重をチェックしておかないと大幅に太って帰ってきたりするからです。

 

「旅先では美味しいものを食べるべきだ」という思い込みを捨てると、より旅が自由になることも知りました。

 

もうすぐ2日かけて鹿児島まで行き、鹿児島神宮霧島神宮への参拝の予定があります。

 

今年最後の長期旅行。今からワクワクです。

未来にフォーカス

学生時代は体育会柔道部に入っていたので、普通の学生よりは時間的にキツイ生活をしていました。

 

しかし今の自分から見ればムダだらけの時間の使い方をしており、過去はもう戻せないとは言え、実にもったいない限りです。

 

今の私なら柔道も勉強も倍の成果を上げているはずです。

 

22歳で卒業し、28歳で自分の会社を作ったのですが、その間に評価できることと言えば、英会話学校と簿記学校に通ったことぐらいです(この2つは今の私の基礎になっています)。

 

サラリーマン時代は社内でのおつき合いが必要で、本当にムダな夜の時間を過ごしました。

 

友人についても、自分が頑張り続けていると「頑張っていない」友人とは波長が合わなくなり、段々と数少なくなっていきます。

 

会社経営の間は「チョッピリの成功」と「大失敗」の連続で、2勝6敗2引き分けぐらいの成績でした。

 

何が一番いけなかったかというと「会社は大きくしなければならない」という思い込みにとらわれていたことでした。

 

最初から今のような少人数でのストックビジネスに打ち込んでいたら、今よりずっと大きな資産を形成していたのではないかと思います。

 

しかしまあ、幾度かのバブル崩壊にも持ちこたえ、倒産せずに来たのは不幸中の幸いです。

 

私は「95歳まで現役のバリバリで働く」と勝手に決めているのですが、そうするとまだ25年以上の時間があるわけです。

 

この25年で、過去の失敗を一掃するような成果を上げたいと強く願っています。

 

そのためにも「やらないこと」を最初に決め、「やるべきこと」と「やりたいこと」に集中していこうと思うのです。

消費・浪費・投資

お金の使い方には「消費」、「浪費」、「投資」があります。

 

一度生活のレベルを上げると、なかなか下げることができません。

 

見栄を張って贅沢をするのはちょっと危険ですが、逆に大富豪が小汚い格好をしているというのも不自然で、要は「分相応」の生活をすることが大切ではないかと思います。

 

私の場合、不動産事業から不動産投資業(不動産オーナー業)に転換したのですが、そうすると次への投資のためのキャッシュがどうしても必要になってきます。

 

それを借入れでまかなうという方法もあるのかもしれませんが、かつて借入れで危うく破滅しかかった経験があり、あくまでも手元資金で投資したいと思っています。

 

もし手元資金で購入できない物件の場合はどうするかと言えば「パスする」ということになります。

 

それが「身の丈投資」ということでもあります。

 

次の投資をしないにしても、既存の収益物件の補修や大規模改装などに結構お金がかかってくるのです。

 

入って来た家賃収入をすべて自分の贅沢のために使っていたりすると、やっぱり破滅が待っているのです。

 

「消費」は分相応、「浪費」は論外、そして「投資」は志です。

 

もし投資を目指すなら、お金を貯める努力をすべきだと思うのです。

 

「売上」と「利益」は違う次元の話で、また「利益」と「(手残り)キャッシュ」も別の話です。

 

キャッシュに焦点を合わせようとすると、減価償却や特別償却や税などにも通じておかないといけなくなります。

ブログのネタ

ブログを毎日書くのはプレッシャーでもあるのですが、ここから本が5冊ほど出ているという事実があったり、ブログを書いているうちに「会社の方向」や「自分が何をやりたいか」がハッキリ分かってきたりします。

 

従って今は「やれるところまでやってみよう!」という気持ちでいます。

 

「今日は何を書こうか?」のネタさえ頭に浮かべば、あとは比較的簡単に書き進めていけます。

 

私は現役のビジネスマンですが、営業の第一線からは身を引いています。

 

というか、営業しなくていいビジネスに事業を転換しました。

 

コインパーキングやコインランドリーは営業力ゼロでやっていけます。

 

狩猟型フローのビジネスだと、毎月ゼロから出発しなくてはならず、いつまで経っても気が休まることがありません。

 

要は努力が蓄積されないのです。

 

不動産の売買仲介業などはまさにその典型ですが、紹介営業に比重をかけたり、売物件を常に10ほどストックする工夫をしたり、顧客の囲い込み化をしたりして、極力ストック化する方法はあります。

 

あるいは「売買仲介に徹する」と仕事に集中して、儲けたお金で収益物件を購入してストックの種を作っておくという手もあると思うのです。

 

話が横にそれました。

 

要は安定した収入がないと、ブログすら安心して毎日書けないということでもあります。

 

歴史に興味を持つと一生飽きることがないことに最近気がつき、もっと歴史を勉強し、このブログにもバンバン歴史の話を書いていきたいと願っています。

 

春日大社

日本史に興味がある人にとって、奈良や京都は外せない場所でもあります。

 

私は関西に住んでいるのですが、それらの所に自宅から簡単に行けるラッキーさに今ごろ気がつきました。

 

若い頃は仕事ばかりやっていたので、神社や史跡をめぐる時間や心の余裕はありませんでした。

 

歴史への知識もないし、経済的な安定もなかったので、そういった「知的ぜいたく」は遠い世界の話でありました。

 

日本史に興味が湧くと、一生退屈することがないことにも気がつきました。

 

自動運転車が本格化し、ホイホイと行きたい所へ行ける時代が、もうすぐそこにまで来ています。

 

60歳代後半になって、時間、経済、興味、知識、健康、外部環境等々の諸条件が整いだしたというわけです。

 

ということで、今回は春日大社に行ってきました。

 

春日大社興福寺藤原氏のための社寺でもあったのですが、今や奈良を代表する場所になりました。

 

藤原氏自体は、もともと茨木県あたりの豪族だったのではないかと思われます。

 

奈良の鹿も(茨木県の)鹿島神宮から連れて来られたと言います。

 

春日大社のご祭神は「アメノコヤネの命(みこと)」とその奥さんと、「タケミカヅチの命」と「フツヌシの命」の4柱です。

 

アメノコヤネ命は藤原氏の祖先ですが、天照大神の孫の「ニニギの命」の天孫降臨につき従って降りてきました。

 

後世、藤原氏があれだけの権力を手にしながら、一度も天皇に代ろうとしなかったのは、その「史実」があるからです。

 

藤原氏のピークは藤原道長の代だと思うのですが、道長が自ら天皇になろうと思えば簡単になれたはずです。

 

しかしそうはしませんでした。

 

藤原一族は数多くの娘たちを天皇家に嫁がせましたが、息子たちは誰一人として天皇家に入りませんでした(入れませんでした)。

まずは春日大社の宝物館に入場しました。

こういった場所には必ず入るようにしています。

現地で「そういうことだったのか!」と気づく経験も多いのです。

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ここから神域に入ります。

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最初に「祓戸(はらえど)の神」が祀られ、そこでケガレを落として奥に進むのですが、ここでは「セオリツひめ」がお祀りされていました。

実は私は「セオリツひめ」のファンでもあります。

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「サルタヒコの神」をお祀りしているお社もあり、なぜここにおられるのかが分からず、ビックリしました。

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タケミカヅチの神」は鹿島神宮の「武」の神様。

「フツヌシの神」は香取神宮の、やはり「武」の神様です。

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唐への留学生に選ばれた阿部仲麻呂吉備真備は、春日大社で壮行神事を行ってから旅立ったとのこと。

 

阿部仲麻呂は唐の玄宗皇帝に気に入られ、なかなか帰国の許可が得られなかったのですが、53歳の時にようやく一時帰国を許されました。

 

蘇州出向前の夜、停泊中の船内で読んだのが、この有名な歌です。

 

喜びに満ちあふれた歌ですが、難破して安南(ベトナム)に漂着。

結局、70歳で亡くなるまで、日本への帰国は叶いませんでした。

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龍神社もありました。

箱根の九頭竜神社を参拝してから、龍に助けていただくことが多くなり、龍神の社を見かけては”ていねい”にお詣りしています。

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奥に進むと、ものすごく雰囲気のいい道が続きます。

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宗像三姉妹のイチキシマ姫もお祀りされていました。

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ここで空海護摩をたかれたとのこと。

歴史が古い神社ならではです。

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春日大社も人が多くなり、ついに修学旅行生の姿も見ました。

 

今回は時間がなく、春日大社だけに終わりましたが、東大寺興福寺奈良国立博物館奈良公園など、奈良には魅力的な場所がいっぱい残っています。

 

次回、また機会を見つけてやって来たいと思います。